国民の不安
今の日本社会に多くの人々は不安を感じている。具体的には、雇用に関する不安であり、将来の社会保障に関する不安である。
雇用は日常生活を維持するため必要な収入に関わり、生活に直接的に影響するだけに、深刻だ。非正規雇用(派遣および契約労働など)にいると、いつ解雇されるかという不安がある。一方、正規雇用であろうとも、現在の制度では経営者サイドに有利になっているために、「リストラ」という名の解雇に怯えなければならない。正規・非正規に関わらず、どのような職種であろうとも、雇用に関する不安は拡大する一方だ。
加えて、昨今問題視されている年金問題などに見られるように、「揺りカゴから墓場まで」を補償しようとして制定された社会保障制度が根幹から揺らぎ始めている。外形的なあるいは表層的な問題の繕いを優先させたために、年金制度は崩壊の危機にある。健康保険にしても、無保険の子どもの問題に象徴されるように、国民皆保険皆年金という理念が形骸化しつつあることが明らかになっている。
雇用と社会保障という国民の生活に直結するものを軽視してきた政治の責任が、今こそ問われなければならない。
では政府はなぜ、こうした重要な問題を放置してきたのだろうか。バブル景気崩壊以後、放漫な財政政策が継続されてきた。財政赤字の巨大化し、その返済のためには政府の支出を減少させなければならなくなった。小泉政権に代表される「構造改革」は「小さな政府」を目指すものであり、中曽根政権による行政改革と軌を一にするものであるが、実態は政府の役割を減少させるという名目で、政府支出を減少させようとするものであった。しかも政府の役割の減少は掛け声だけで、お役人様の権限を減少させる縮小させるようなことはなかった。
問題の根源は、政府の失政にあるのだ。通常、構造改革が意味するものは政府の無駄な機関や部署の縮小や廃止であり、政府権限の縮小である。ところが、小泉政権による構造改革は、政府機関の縮小も廃止もせず、権限も縮小せず(却って拡大している)、政府支出だけを減少させるものだった。国民を欺くあくどい政策であるといえる。
ただ国民はそれに見事に欺かれた。これは少なくとも民意だった。だから自民党は3分の2以上の絶対安定多数の議席を獲得することになった。その後の結果は、民意を騙したツケを清算することもなく、さらに一層、国民生活を混乱させるばかりだ。
政治に対する信頼は失墜し、政府も信頼失墜を改善しようとしない。これで国民に安心した生活を送り、ドンドン物を買いなさいと言えるのだろうか。国民は将来に、今の生活に不安を持っているので、節約に次ぐ節約に走るだけだ。経済はドンドン冷えていく。その結末は、企業の倒産であり、日本経済の崩壊だ。
一部の人たちだけに美味しいアメを舐めさせようとする政策が成功することなどない。多くの人にとっての最大幸福の実現を目指す政治に立ち返るべきである。とすれば、今の麻生政権でそれが出来るとは思えない。早急なる退陣を期待する。
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