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2008年11月30日 (日)

小沢民主党代表と麻生自民党総裁の党首討論

小沢代表と麻生総裁の党首討論が行われた。どのような議論が交わされるのか楽しみにしていたが、本当にガッカリした。日本政治を代表する政党の党首同士の論戦なのだから、テレビの似非ディスカッションのようなものではないだろう、もっと物事の本質を突く議論が展開されるものと期待してしまっていた。現実は厳しい。

両者の主張は、基本的にはかみ合わず、お互いの持論を言い募るだけだった。小沢代表は、麻生政権の混迷振りと首相個人の発言の不適切性に言及し、解散を迫るというものだった。麻生総裁は、民主党が法案を人質に取っていることを批判し、早期に採択することをお願いするというものだった。全くかみ合わない両者の主張のぶつけ合いだった。

ただ小沢代表と麻生総裁とでは立場が異なり、麻生総裁は日本国の内閣総理大臣でもある。そのことを考えれば、一国の行政権を預かる人物が、野党党首の批判に反論できないことにこそ問題がある。例え、その反論が反論になっていなくとも、野党党首の批判を受けて立つ姿勢を持たない者に、内閣総理大臣としての職責を果たすことが出来るのだろうかという疑問と疑惑が湧いてでた。

両者引き分けだとすれば、この勝負、野党サイドに有利に判定されうだろう。まあ、麻生総裁は、勉強不足が明白になってきているし、権力に汲汲としている様があまりに見苦しいので、弁護する気も起こらない、というのが筆者の実感だ。

とすれば、期待できるのは民主党なのか、とすれば、これまた疑問だ。麻生政権の問題は、いろいろとある。それを政権を追い詰めるだけにとどめていることに問題がある。政治として何を最も重要視しなければならないかといえば、小沢代表も指摘していたとおり、国民生活の安定である。それがないがしろにされていると考えるのであれば、もっとやり方があったのではないだろうか。敵失に期待を寄せるのではなく、例え批判があろうともそれを受けて立つほどの気構えと使命感をもっと持つべきではないのだろうか。今のままでは、自民党と何が違うのか説明することは出来ない。

海の向こうのアメリカでは、変革を唱えたオバマ政権権が発足しようとしている。世界中苦い枠を垂れ流してきたB○○政権も、年貢を納めようとしている。にもかかわらず、日本では政局に明け暮れ、国民のことや、世界のことに一切目を向けようとしていない。

政治家の皆さん、今、何が大切なのか、何をすべきなのかを、よく考えてみてください。

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