« 底辺大学(三流大学)への進学は無駄② | トップページ | 自民党・民主党の党首会談、ア~ッア! »

2008年11月16日 (日)

日本の民主主義

日本では民主主義という政治システムを、絶対視するか敵対視するかの極論に走る傾向にある。民主主義は万能の神であり民主主義を維持さえすればよいと考える人々は、世界の中に民主主義を主張しながら戦争に突入していく国が多いことをどのように考えるのだろうか。一方、いわゆる「戦後民主主義」という言説を使いながら民主主義を敵視しようとする人々は、戦前・戦後のさまざまなシステムの相違をどのように評価するのだろうか。

民主主義は、ギリシャ時代の政治慣行の中で生まれてきた言葉であり、元々は国民(貴族)によって政治のあり方を決めていこうとする考え方であった。その後、この言葉は意味を変容させながら今日に至っている。今日における意味を最大公約数的にまとめれば、民主主義とは国権者であるとの考え方(主義)といえることが出来るだろう。

あくまでも国民の判断に依拠した政治システムだということが、民主主義の本旨である。こうしたことを前提に、現在の日本の政治情勢を検討すればどのようになるのだろうか。

政界。現在の麻生政権は自民党政権である。衆議院で圧倒的多数を占める自民党の議席は、3年前のいわゆる「郵政解散」で小泉首相の下で獲得した議席である。この時、国民は「構造改革」を主張する小泉政権に対する信任を与えたのである。その後、安倍、福田、そして麻生という3人の自民党総裁・内閣総理大臣へと政権が移り変わってきた。その移り変わりの中で、小泉首相の選挙公約とは全く異なる政策が実行されようとしている。同じ自民党政権だから許されるというのは詭弁であり、政策の基本的な方針を変更する場合に、選挙という手段を通じて国民に信を問うということは、必要最低限のことである。

財界。日本経団連という巨大な経済界の組織を通じて、政治に大きな圧力をかけ続けている。特に、奥田トヨタ会長、御手洗キャノン会長という二人の指導者の下で、従来は自制してきた政治献金を復活させ、より大きな圧力団体として機能し始め、経済界に有利な政策の実現を働きかけ続けている。労働者としての権利を剥奪する派遣労働という制度も、日本経団連の働きかけなくしては実現しなかっただろう。「派遣労働」という名の労働者の権利の剥奪なのだから。財界のこのような働きかけが、日本の格差を増大させているということは、無視してはならない。

官界。自らは表に出ずに、闇の権力を握り続けようとしている。たまたま表に出てしまった田母神俊雄前航空幕僚長のような輩は、徹底的に叩かれてしまうが、「賢い」官僚は表に出ることなく裏で権力を行使し続ける。奥田トヨタ会長が、「厚労省叩きは酷すぎる」と言ったのも、そのように仕向けた官僚がいるのではないか、との邪推をしてしまう。社会保険庁の年金問題に伴うさまざまな問題の噴出は、官僚組織が制度的疲弊を起こし、機能不全に陥る直前であることの朝貢なのかもしれない。(ただ、問題の原因をすべて労働組合に帰着させようとする見方を提起し、労働者の権利を削り取ろうとする傾向が存在しているという側面は無視できない)

政・官・財という権力のトライアングルの実態は、以上のようなものだろう。表面的な現象だけで判断するのではなく、三者の関連性などを考慮しながら検討すれば、今の日本で国民の意思はできるだけ排除して以降、権利を剥奪していこうとする動きが現れていることだけは事実のようだ。

「自虐史観」という言説を用いて、深く考えることなく、表面的な美辞麗句に踊らされている新保守主義的な人々は、権力構造の中にいる人々からうまく操作されている。かわいそう。

-

|

« 底辺大学(三流大学)への進学は無駄② | トップページ | 自民党・民主党の党首会談、ア~ッア! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1017522/25372159

この記事へのトラックバック一覧です: 日本の民主主義:

« 底辺大学(三流大学)への進学は無駄② | トップページ | 自民党・民主党の党首会談、ア~ッア! »