« 痴漢冤罪に関する最高裁判断は? | トップページ | トラックバックを悪用する輩は出て行け! »

2008年9月30日 (火)

日本相撲協会の自浄努力は限界?

日本相撲協会は、元幕内力士で大麻問題で解雇した「若ノ鵬」によって、再び窮地に立たされてしまった。マスコミでの取り上げ方は、若ノ鵬に批判的なものとなっているが、問題はもっと別のところにあるように思える。

筆者が問題と思うものの第一は、日本相撲協会の組織としての硬直性である。第二は、閉鎖性である。

日本相撲協会の理事は、すべて元関取によって構成されている。力士以外が日本相撲協会の運営に参加することは現時点でない。そのためか、「大横綱」として成績を残している者が、理事もしくは理事長の座を占めている。

野球界の王貞治監督は、巨人以外の組織を経験して初めて、大監督になった。巨人で監督を務めていたときは、並みの監督であり、選球としての成績と監督としての評価に大きな乖離が見られた。優秀な選手が、優秀な監督でないことを見事にあらわしている。長島監督にしても、旧来からの長島ファンがいるからこそであり、彼の監督としての評価は、日本野球界のONという選手時代の評価を除いてしまえば、極々平凡なものである。

日本相撲協会の前理事長も、力士としては偉大な記録を持つ大横綱である。しかし理事長としては、平時においては(もしかしたら)十分な役割を果たすことができたかもしれないが、危機に直面したときはあまりにお粗末だ。日本相撲協会幹部が将来の理事長として期待する貴乃花にしても、日本相撲協会を率いる力があるかどうかは未知数である。

外部のさまざまな意見を取り入れなくては、組織が硬直化している現在、衰退していく一方であろう。若ノ鵬は、大麻を吸っている力士が自分以外にもいたということ、八百長試合を他の力士から持ちかけられたことがあるということを、公表した。現時点では、若ノ鵬の「言い訳」だとか「意趣返し」だと言われているが、若ノ鵬の問題は別の問題であり、彼が提起した問題は別途、解明していくべきものである。

若ノ鵬の提起に対して、だんまりを決め込む日本相撲協会を「閉鎖的」と言わざるして何というのであろうか。若ノ鵬の処分にしても、相撲協会を守るため、すべての責任を若ノ鵬に押し付けているとの見方は、決して穿ったものではない。若ノ鵬の責任は責任として、日本相撲協会が内在する問題は決して、若ノ鵬の処分だけで解決するものではない。協会が自ら自助努力によって解決していかなければならない問題なのだ。ところが、現時点まで、そのような努力は日本相撲協会によって行われているとはいえない。

したがって、日本相撲協会が相撲を「国技」であると言うことに異議を唱える。相撲は単に相撲という競技が好きな人のスポーツの一つに過ぎず、決して国技などではない。国技というのであれば、それに見合う柔軟性と公開性を持ち合わせた組織でないとならないからである。日本相撲協会は自浄努力に限界に来ている。幻想に惑わされず、現実を見分ける冷静さが必要な時代に来ているのだ。

-

|

« 痴漢冤罪に関する最高裁判断は? | トップページ | トラックバックを悪用する輩は出て行け! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1017522/24147369

この記事へのトラックバック一覧です: 日本相撲協会の自浄努力は限界?:

« 痴漢冤罪に関する最高裁判断は? | トップページ | トラックバックを悪用する輩は出て行け! »