後期高齢者医療制度
後期高齢者医療制度が開始され、さまざまな混乱が起こっているようです。その対象となられたかたがたは大変でしょうね。
でも、そのことは2年前から分かっていたことです。郵政選挙と呼ばれる総選挙で3分の2以上の多数を占めた与党は、野党の反対を無視し、強行採決を行って、この制度の導入を決定していたのです。現在の与党のいう改革は、「小さな政府」を求めるものであり、財政支出を減少させようとするものです。それはそれなりの意味があるものです。ただ、財政支出を減少させるということは、政府の予算配分を真剣に見直す必要があったのです。
政府・与党は、官僚の無駄使いには目をつぶり、福祉や医療などの分野にかかる支出を減少させようとしました。だから不満が現在、噴出しているのでしょう。
でも、「小さい政府」を望んだのは国民の意思です。たとえ、3年前とはいえ、国民の選択の結果なのです。財政支出が減少することで不利益を被る人が出るのは当たり前です。不利益を被る人が出ていることを批判するよりは、減少する財政支出の使い方が、どれだけ公正にかつ平等に使われているかを観察していく必要があるのでしょう。
不満ばかりでは、現在のシステムが維持されるだけです。不満ではなく、政府を監視するという姿勢を持つ、言い換えれば、主権者としての権利を行使する姿勢を持つことが現在、求められているといえるでしょう。
(アジテーターのようになったので、反省)
閑話休題
入学金を納めない生徒の入学を認めないということが現在、新聞紙上をにぎわせています。子どのが気の毒だとか、学校が厳しすぎるなどの批判が暗になされています。
本当にそうなのでしょうか。
人を殺したり傷つけたりすれば、たとえ子どもでも、厳しく批判されます。山口県光市で起こった母子殺害事件の被告に対する批判をみれば、お分かりでしょう。
でもそうでなければ、子どもは「善人」であり、「無垢」であるかのように扱われます。子どもにそうした面があることを疑いはしませんが、その親は別です。学校から督促されても入学金を支払わない親に問題はないのでしょうか。学校は規則どおりにしているだけです。
規則、規則と規則を振りかざすことに賛成は出来ませんが、規則を守ろうとしない者の権利を、規則を守っている者と同じように保護する必要はありません。
入学金を支払わなくても、入学できた子どもは、それが当たり前だと思ってしまうでしょう。親が怒鳴り込んでくれば、入学できたとすれば、子どもも怒鳴り込んでいけば、何事も思い通りになると思い込むはずです。最低限の規則は守ることは、必要です。
今回の記事を見て、学校を批判するのではなく、道徳心、公共心のない親を批判するべきではないかと思ってしまいました。
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